Treasure Reports
第二編 上越新幹線(大宮−新潟)
第五章 中山トンネル

第七節 中山トンネルその後

訂正があります(2011/9/18さらに誤記を訂正)

2007年秋に公開以来大きな反響を頂いたこのレポートですが、いくつか大きな誤りがありましたのでこの場にて訂正させていただきます。

まずかなり致命的な間違いですが、上越新幹線の起点は大宮駅ですので、第一節冒頭は
誤)位置:東京起点101k879m−116k709(+27)m
正)位置:大宮起点101k879m−116k709(+27)m
となります。
また、第三節の地質に関する記述では次の通りです。
誤)茶屋ヶ松閃緑
正)茶屋ヶ松閃緑ひん岩

一つめは、執筆中に間違いに気づいておきながら更新作業中に忘却してしまい、そのまま上げてしまいました。
二つめは、「王分」と「扮」の字が似ていたため「ふん」と読むものと勝手に考えて当て字をしてしまったもので、「扮」は絶対に「ひん」とは読みませんから二重の誤りです。以上、筆者の勉強不足をお詫びいたします。
※2008/12/21時点でこれらの表記箇所は全て訂正済ですが、検索エンジンのキャッシュに古い内容が残る可能性があります。

なお、第二節の記述中に
「主たる原因は、昭和46年に実施された地質調査にあったということができる」
と記していますが、その方面に詳しい方から「当時の地質解析能力はまだ未熟だった。皮肉にも中山トンネルでの膨大な数のコア採取とその分析によって地質調査の精度は格段に向上、進歩したという側面もある」というお便りを頂きました。
まさに「失敗は成功の母」。負の面ばかり取り上げられるこのトンネルですが、日本の土木技術の革命に貢献したことを思えば、その莫大な投資も決して無駄ではありますまい。

<2011/9/18に訂正した内容>

第一節などに記した、中山トンネルの工事費に関する記述が全て誤っておりました。大変お恥ずかしい限りです。

2108億6200万円8429億9900万円となったのは、明かり区間を含めた大宮−水上間126k330m総工費でした。
(出典:上越新幹線工事誌 大宮・水上間 NA161-78 P.25

路盤工事の予算は、当初算定907億円最終計上4284億円、うち3500億円がトンネルに費やされております。
(出典:上越新幹線工事誌 大宮・水上間 NA161-78 P.26 および 大宮・新潟間 NA161-82 P.265)

最終計上額に占めるトンネル工事費の割合が当初から同じ比率と仮定すると、はじめのトンネル分予算は740億円(大宮−水上間のトンネル延長の合計は40kmなので、m単価約185万円)しか組んでいなかったことになります。4倍近い膨張です。

中山トンネルの工事費用は、トンネル本体の構築(軌道や電気、開業設備を含まない金額です)が1246億円(839万円/m)ですが、そこに渇水対策費約120億円上乗せされ、合計1370億円ほどとなりました。
(出典:上越新幹線工事誌 大宮・新潟間 NA161-82 P.265、P.709)

一方、比較した青函トンネルの工事費も認識が間違っており、約7700億円というのは取り付け区間も含めた総工費になります。トンネル本体の工事費は約4145億円です。
(出典:津軽海峡線工事誌 DL825-E27 P.580)

すなわち、さすがに中山トンネルの工事費が青函トンネルの工事費を上回るということはありません
この点、全く勘違いをしておりました。上越新幹線工事誌のP.25を複写せずに、持参したノートへ走り書きしたため、資料見直しの際にトンネルの工事費と思ってしまったのが間違いのもとです。m単価が5670万円という不自然な数字にさして驚かなかったのは、瀬戸大橋の工事費が10km弱約1兆円だったので、「難しい工事とはそのくらい掛かるものなのだ」と勝手に納得していたことによります。

揃えた資料に基づき、改めて各トンネルの工事費を比較しますと、下表のようになります。
トンネル名称 延長 工事費 m単価 備考
中山トンネル 14k857m 1370億円 920万円 渇水対策80万円/mを含む
青函トンネル 53k850m 4145億円 770万円
榛名トンネル 15k350m 829億円 540万円 渇水対策150万円/mを含む
上越新幹線平均 330万円 渇水対策費は含まず
鍋立山トンネル 9k130m 295億円 323万円
大清水トンネル 22k221m 490億円 220万円 ただし月夜野・第一湯原・第二湯原を含む単価から算出
第二湯原トンネル 703m 11億円 150万円 上越新幹線で最安単価
(出典:上記各工事誌ほか 北越北線工事誌 DL825-G36 P.35-38)

こうしてみると、中山トンネルのm単価がひときわ高いことが分かります。
ほとんどが出水事故とルート変更に伴うもので、渇水対策費は居住地の多い榛名山麓を貫く榛名トンネルの方が上回っています。
大清水トンネルの工事費は、一体化した3トンネル、特に最安単価となった第二湯原も含まれているので実際よりかなり安く出ているものと思われますが、水上−新潟の資料は再読しておりません。
第二湯原トンネルの単価は、当時のオイルショック・インフレに伴う材料費高騰を考えるとかなり安く、このようなトンネルばかりであれば当初の予算で十分間に合ったのでしょう。上越には難しいトンネルが多すぎたのです。

さらに、各資料を工区別で見ますと
トンネル名称 工区名称 延長 m単価 建設費高騰の主な理由
中山トンネル 四方木工区 1k070m 3467万円 異常出水、ルート変更、注入工
青函トンネル 竜飛工区 13k000m 1250万円 異常出水、注入工
吉岡工区 14k700m 1160万円 異常出水、注入工
鍋立山トンネル 中6工区 645m 2260万円 地山膨張、TBM失敗、注入工
中工区全体 3k387m 634万円
榛名トンネル 下新井工区 2k400m 619万円 地上陥没
湯沢トンネル 湯沢南工区 1k630m 116万円 上越新幹線で最安単価
尚、ここで挙げている数字は全トンネル中の「ワースト」ではありません。資料から読み取れるものだけを並べたものです。

やはり中山の圧倒的な手強さが数字に出ています。鍋立山の中6工区は流石に劣悪地質と格闘しただけあって高額です。


このように「トンネルの値段」をはじき出してみましたが、これは弊サイトの元からのポリシーなのですが、「額の大小、費用の多寡をもって工事の善し悪しを論ずるべからず」だと思っています。シミュレーションが幅を利かし、事前に様々な解析ができるようになった昨今においても、まだ工事の現場では「未知との遭遇」が大いにあり得るわけで、人間はいずれにしろ、どこかの時点でその試練と向き合わなければならなかったのです。前にも挙げたように、中山トンネルでの教訓がその後のトンネル技術を飛躍的に向上させたことを考えれば、高い授業料を払った意義があったというものです。弊サイトの記述がWikipediaにコピーされ、それを見た人の中に「中山トンネルは無駄金を使った」というような論調で批判する人がいることは甚だ心外です。

再訪録

2008年5月末、および8月のお盆。
いずれも中山トンネルの取材がメインではなかったが、その経路上必ず立ち寄ることになるため、これまで調査にもれていた色々
な物件を探してみることにした。あくまでついでなので長居はできない。

水塔式放流塔に接近
第六節の現地調査でお見せした写真。
この時はあまりの猛暑に参ってしまい接近できなかった放流塔に行ってみることにした。















この日も相当に暑い日であったが前年ほどではなかった。
それでも時期が時期なので、国道を往来する車の量がかなりある。
道幅は狭く歩道もないので、大型トラックなどには注意が必要だ。

吾妻川橋梁の方に歩いていく右手にそれっぽい門扉が見えてくる。







だいぶ線路から遠いところにあると思ったが、やっぱり新幹線の施設なだけあって近づくことはできないようだ。
施設名表示は特にない。















仕方がないので門扉の位置から限界までズームする。

この放流塔の大きさは、直径2m、高さは土台を含め9.55mである。意外に大きいが、中山トンネル全体の湧水をこれ一つでまかなっていると思うとコンパクトに見える

以下は漏れ聞いた話なので事実確認は取れていないが、さすがに湧水をだだ流しにするのは勿体ないので、この場所にミニ水力発電所を建設し、沿線の照明やスプリンクラーなどの稼働用電力をまかなう計画があるという。

この放流塔に導水するため、本線101k740m疎水立坑なるものが存在するらしいのだが、トンネルの真上あたりを探索しても特にめぼしい発見はなかった。
恐らく施工基面より掘り下がった溜池状の設備なのだろう。

遠くに榛名トンネルが見える。











本当に何かないのかなーとウロウロしていたら、トンネルの軌道中心線を挟んだように2つの基準点が道路に埋まっているのを発見した。
しかし何故道路の真ん中なのだろう。













四方木揚水立坑の現場にばったり

5月に行った際はあいにくの天気で、四方木揚水立坑の場所には行ってみたが、外に出ないで引き返した。
しかしその時、施設の門は閉まったままだったが、建物の一室に明かりが灯っていたのだ。
これはもしや稼働させるのか…?

そして8月。貴重な瞬間に出くわした。

あ…
開いてる。
なんか車もたくさんあるし。

地元の電気屋さん、設備屋さん、それに農業関係の人と思われるが、門の中で何やら作業していたのである。













どうやら、施設を稼働させるための準備作業のようだ。
高山村の水道施設として整備された四方木立坑だったが、揚程380m、タービン出力475kWと相当ヘビーなスペックのため、できるだけ使用しないように水道のネットワークが組まれている。
しかしさすがに空梅雨で、日照りが続いたこともあるのか出番が来たようだ。

「福島から来たの?何、トンネル?あーご苦労様だねェ」
特に警戒するでもないが、見慣れぬ土地のナンバーがあったということで声を掛けられた。
さすがに予定が許さず、バツも悪かったので退散することにした。
ケージは吊りワイヤーと内部が点検されているところだった。
ケージの下側にあったはずの落下防止台車が外されている点も注目である。
エレベーターが作動するのを見たかったが、いつ始まるのか聞くわけにもいかず、後ろ髪を引かれながら車に戻った。

しかし思いがけずこういう場面に出くわすとは幸運であった。
現役で動くことが分かったのも大きな収穫である。






そういえば、ふと違和感を覚えて上を見上げれば、珍しい構造をした高圧鉄塔であることに今更気づいた。
ふつう、この形態なら6カ所の導体は鉄塔一本で吊れるはずで、前後はその形態になっている。なぜこの1カ所だけ左右に鉄塔を分ける必要があったのか。山トンネルとの関係はあるのか。疑問はつきない。









これもトンネルがらみ
さて、この写真。
何が写っているだろうか。

勿論、溜池なのだが…。


















名前は「和田の上調整池」。
容積は実に20000t
高山立坑のすぐ近くにあり、図上でもはっきりと分かるのだが、これだけ大きければ目立つだろうと高をくくっていたのである。
しかし何度通っても発見できないため、地図にある取り付け道路を進んでいくといきなりこんな門に出くわし行き止まりとなる。








見つからない理由は、四方を全部木に囲まれていたためであった。
どういう理由があってこんな場所に造ったのか分からないのだが、八木沢揚水立坑といい完璧にカムフラージュされた空間にあるのは何かしらの意図を感じる。
実はこの和田の上調整池を始め、上の地図中のほとんどの池はトンネル渇水補償施設として国鉄が建設した物なのである。
高山村だけで12カ所、計87000tにおよぶ貯水池が造られた。
先ほどの四方木揚水立坑の水も、梅沢溜池を経由してこの池に流れてくる。

以上が補完取材の内容である。

衝撃の光景

それは、2008年7月中旬の出来事である。
筆者はブログに次のように書いた。

>でも本当に、その道の人の経験談というのは一度でいいから直に伺ってみたいものです。
>夢物語ですけど。

そのわずか数日後、信じられないメールが届いた。
何と、当時高山村に住んでいたという方からで、工事中の四方木工区を写した写真を提供可能という内容だったのだ。
それはまるで作り話のような本当の話。ブログに書いた直後なんて…。

しかも、次のやりとりで送られてきたスキャニングの写真を見て仰天。
まさに筆者を中山トンネルへと駆り立てる一因となった、工事誌カラーページと同時期の「坑外注入」が写っていたからである。

それではその写真をご覧頂こう。ページ幅の許す限り大きく載せる。


工事誌の写真とは反対に、西側の山から東に向かって撮影されている。
雪が降っている時期であることから、昭和55年末〜56年初と思われる。
左にある、ひときわ高いオレンジ色の櫓四方木立坑である。先ほど説明した2つ割れの高圧鉄塔が中央やや右に見え、相対的な高さは同じくらいであることから、現在の揚水設備用のものとは桁違いに巨大であったことが分かる。

そして、林の向こうに整列する色とりどりの柱、これこそ最大で90台が集結した坑外注入ボーリング機械である。昼夜違わず天候を問わず、ただひたすら350m下のトンネルに向かって無数の穴を開けまくるという気の遠くなるような工事が、ここに確かに存在した。

このボーリング機械が並ぶ場所は、当時の航空写真で見ると県道の真上に位置している。
写真を提供下さった方によれば、このボーリングを打つために県道を付け替え、それが今の道路になったのだそうだ。画面右、二段に切り取られた法面は、確かに現在の県道脇にあるものである。

度重なる挫折と失敗。それでもなお諦めず、完成に向かってひたむきに努力するさまは、まさに人生の縮図である。
例え今が難工事だとしても、やがて風が吹き抜け、光が差す。そういうものだと信じたい。意味深?



−終−

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第一節 史上最悪の山 へ
第二節 災禍の正面突破 へ
第三節 挫折の曲線 へ
第四節 事前調査 へ
第五節 現地を見る(1) へ
現地を見る(2) へ
第六節 三十余年の闘い へ


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