Treasure Reports
第三編 東北新幹線(盛岡−八戸)
第六章 滝沢トンネル

第二節 華麗なるエスケープ

侮った

国会図書館で工事誌が読めると言っても、その時間は限られている。
1冊を読むのに要する時間はおよそ2時間。手早くあたりを付け、ページ数を控え、しおりを片っ端から挟み込んでコピーに回さなければならない。
当初、このような広範囲で綿密な調査をするつもりはなく、題材的には面白い「斜坑がありそうなトンネル」にターゲットを絞って見に行くつもりであった。その絞り方に問題があった。
斜坑があるということは、中間に工区がある(つまり3分割以上で施工される)ということだと思っていた。そのためまず工区割を見て、3つ以上あるものだけを詳しく読み進めることになり、そうなると盛岡以北では岩手一戸トンネル以外無い。また、トンネル延長が長いものについても調べたが、たとえば三戸トンネル8km以上あるにもかかわらず両坑口からの片押しであった。このことは必然的に1工区あたり4kmを切るトンネル(岩手一戸25.8km6つに分割しているので、やはり平均スパンは4km以上)を遠ざけさせるのに十分であった。

ところが、それからしばらくして地元の図書館でゆっくりと黒川−有壁間有壁−盛岡間の工事誌を読んだ際、これまで歯牙にも掛けなかった比較的短いトンネルに斜坑が存在したことが分かったのである。名前はレポートのリストに載っているうちのどれかで、一つは2.4kmあまり、もう一つは2kmもないものであった。これらはいずれも1工区だが、坑口付近の地権者の許可が下りなかったためやむなく中間から掘り始めるという異例の理由があった。
非常に厄介な事を知ってしまった、と思った。どんなに短いトンネルでも疑って掛かる必要があり、工事誌の一字一句も見落とせなくなった。

さすがに時間と金を要する。東京へは思い立ったら即行ける所ではない。
ようやく2度目の国会図書館訪問で盛岡−八戸間の全てに目を通すことになる。
そこで初めて、滝沢トンネルのページをめくった。できれば何の変哲もない普通のトンネルであってほしかった。

−その変な期待は見事に裏切られた。

あれほど近くに住んでいたのに。
あれほど何度も在来線の車窓から眺めていたのに。
北坑口に新幹線を見に行ったこともあったのに。
自分は何も知らないまま帰ってきてしまったのか!

すかさず岩手一戸トンネルの第2回取材とセットで現地に踏み込んだ。
非常に嫌な予感がしていた。


少なすぎる情報

工事誌p.281によれば、滝沢トンネルは全長2446m平成8(1996)年8月に着手し、平成13(2001)年3月に竣工している。
私は2001年3月にこの滝沢村に引っ越したので、何か見ていてもいいはずだった。今思い返すとやけにダンプトラックが走っていた気がするが、悲しいかな私はそのことに全く関心がなかった。

「昔の滝沢駅ってどのへんでしたか」

はっきり覚えている、アパートを紹介してもらった不動産屋さんに自分が真っ先に聞いたことである。
「滝沢トンネルってどの辺を通ってるんですか」とは聞かなかった。それが後々こんなに自分を苦しめる結果になろうとは思いもしない。

こんな話をするのにはワケがある。
国土地理院地図閲覧システム01年の暮れあたりに始まったと記憶しているが、この地図は版が恐ろしく古かった。村は96年頃から駅周辺を中心に急速に宅地化が進んだが全く反映されていない。その後国土交通省の空中写真が公開されるも、このへんの空撮は昭和51(1976)年前後。つまりトンネルの位置どころか何を調べる役にも立たないのである。
東北本線旧線の跡を探しに出掛けたことは何度かあった。旧地図や空中写真にははっきりと旧線の位置が窺え、その意味では便利だったが、宅地整備で原地形が分からず、道路も改変されているため迷ったことは数知れない。
結局、村がどういう状態なのかをはっきり認識できるようになったのは、今の「うぉっちず」が整備されてからである。

話を戻す。
工事誌p.293〜滝沢トンネルである。ページ下、図3-1-2にその記述はあった。

斜路(本坑交点) 508km200m00

ど こ ?

p.294-
工事は、平成9年3月に着手し、工事用道路造成や本坑アクセスのための斜路掘削などを経て、
-

お ー  い 。

これだけである。工事誌から得られる情報は、本当にこれだけである。
平面図にも斜坑の位置は描かれていない。交点位置が分かっても、長さと坑口の位置が分からなければ探せないのだ。その上、空中写真は先述のような有様である。
手がかりは全くない状態であった。必死にネット上で調べても見つかるわけがない。この調査を行った時点で滝沢トンネルの斜坑に言及したサイトは皆無である。
これはもう完全に当て推量で調べるしかないのだろうか…。

予想外

本坑508k200mとはいかなる場
所であるのか。
工事誌の図に書いてあるキロ程
からおおよそ割り出すと左のよう
な場所になる(今はゼンリンの電
子地図から割り出せるのだが当
時はそんな便利な物はない)。

この辺はバスや車で通った覚え
はあるが、どんな風景だったか
記憶にない。夜が多かったせい
もある。ただ、地形的には明ら
かに西側が高く東側が低いの
で、斜坑を設けるなら本線右
妥当だろう。
私は斜坑位置が特定できないと
き、このように半円を描いて坑
口を置くにふさわしい位置を推
定する。だが今回は斜坑の長さ
が分からないので全くの勘であ
る。
二股に分かれた道路のうちいず
れかに接しているのではないか
…?
ネット上をさらに血眼になって探した結果、何と現場付近周辺の空撮画像が偶然にも公開されていた。
それは想像を遙かに超える物であった。
手元にその画像のキャッシュは残っているのだが、現在その公開元はGISサービスを終了してしまい、使用許諾も取れなかったので残念ながら載せることはできない。代わりに小さいが98年頃撮影の国土変遷アーカイブより抽出したのが左の画像である。

カーソルを合わせるとどこに注目すべきかを表示する。

ちょっと小さくて何がどう想像を超えていたのか伝わりにくいのだが・・・
さっきの地図上に「それ」を描き加えてみる。
どうだろう、こんな取付道路を事前情報なしで想像できた人はいるだろうか?私には不可能だった。

なぜこんな場所を選んだのかというと、在来線交差部分に非常に厳しい施工基準を設けており、先立って地質調査や工法を検討する必要があったことが理由である(p.296)。住宅密集地であるためにバックヤードは離れた場所に置き、緩勾配となるよう留意し、防音のため現場周辺を高さ4mの塀で囲ったのだという。





見渡す限りの
滝沢駅前の道路を南に500mあまり。
不意に現れた広大なアスファルトの敷地を突っ切り北西に歩いていくと、何やら人工的な地形が見え始める。
しかしきちんとした道路は無く、薄い砂利の田圃道があるのみである。

これを見た瞬間、斜坑の現存は絶望的だと感じた。が、何らかの痕跡は見つけたかった。










上の写真にある人工地形の上に立ってみたところである。写真は南東を向いている。

奥に建物やトラックのある場所がどうもバックヤード跡らしい。建設業者か何かが利用しているようだ。
しかしあの場所から今自分の立っている地点まで直接道路で繋がっていたとは全く信じられない。途中には田圃、池、段差などがあるが、そのいずれも改変の痕跡がなかったからである。
先述の通り、この区間は高架桟を建設したと考えられ、巧妙に橋脚を建ててショートカットしたのが痕跡の残らない理由ではないかと思われる。



さらに丘の上を歩く。

うーん…これはひょっとすると単なる人工的な丘ではない。
滝沢トンネルの捨土ではないのか?

写真で分かる通り、等間隔に若木が植えられている。いわゆる「修景(工事などで露出した地面を植林や緑化によって修復すること)」だろう。









何というスケール。
まるで龍がうねったような盛土が延々続いている。
これ自身が鉄道の築堤か何かと錯覚するような勢いである。

そして工事用道路は見事なまでに跡形もなく、線形の想像すら困難である。工事終了とともに道路ごと残土で埋めてしまったのだろうか。











底を流れていた川は整備され、ただの側溝にしか見えない。
写真の場所あたりで工事用道路はこの川を乗り越し、左手に移っていたはずである。


















この写真は上から約1年後、再訪した時のものである。
草木が生長し、この丘が何だったのかすぐに分からなくなってしまいそうである。


















同じく1年後の写真。
盛土の末端はどうも民地であるらしく、畑を耕している人がいた。

私が立っているのは川を挟んだ空き地なのだが、この場所こそ滝沢トンネル斜坑口があった所かもしれない。

私の目的地は、既に地中に埋もれ、すっかり整地されてしまっていた。この周辺は今も宅地開発ラッシュで、いずれ家でも建つのだろう。







逃した魚は大きい、という。
まさにそれを体感した取材行であった。

もちろんだが、これは延伸区間の全てにおいて言えることである。新線開業という巨大イベントなど今後そうそうは目にする機会はないだろう。「その瞬間」をみすみす見逃したことは非常に悔しい。
もっともこの悔しさが原因で、早いうちに全トンネルを調査し、歴史がなるべく風化しないうちに、消えてしまう前に世に晒していこうと決意することになったのだが。

左の写真は盛土の南端にぽつんと立っていた、おそらく用地境界標の名残である。表面は削り取られている。
滝沢トンネルの章はこれで終わりではありません。
次回、南坑口付近に転がったネタの数々をお見せします。



第三節 カオスな地面 へ続く


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